# 特別対談

# Special Talk

# Vol.20

異質なものを取り入れ、常に変化し続けることこそ強さの源泉

山本 康正(ベンチャー投資家) × 中村 和男(シミックホールディングスCEO)

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新型コロナウイルス感染症の大流行は経済危機をもたらしただけでなく、日本社会が抱えるさまざまな問題を浮き彫りにし、国際社会における日本のプレゼンス低下を明らかにしました。
デジタルトランスフォーメーション(DX)やAIなど新たな技術の台頭により、企業には生き残りをかけた変革が求められています。 日本企業はどうすればこの苦境を乗り越えることができるでしょうか。ベンチャー投資家兼テクノロジーアドバイザーとして日本と海外でご活躍されている山本康正さんに、中村CEOがお話をお伺いしました。

コロナ禍で明るみに出たのは個の力の弱さ

中村 : 僕は今、コロナによって国際社会における日本の立ち位置がどんどん悪くなっていることに危機感を持っています。そのことに気が付いている人はどれくらいいるんだろうか。コロナ禍の収束にはワクチンしかないことは明らかだったので、僕として はワクチン接種が円滑に進むように体制を整備するサポートなど、いち早く動いたつもりです。しかし世間ではmRNAワクチン※を打つと遺伝子が書き換えられるなどの非科学的な噂がまことしやかにささやかれています。

山本 : mRNAワクチンの副反応が少ないということは、科学の知識がある程度あれば当たり前の話なのに誤った解釈の情報が流れていました。センセーショナルなことを喧伝するメディアに注目が集まるため、真実よりデマの方が広がりやすいのです。いわゆるデマは真実よりも8倍のスピードで流れるという話がありますし。今はSNS などで一般の方も情報発信ができる時代です。たくさん の情報が飛び交う中、その中からどの情報をつかむか、より自分で考える力が強く求められていると感じます。

中村 : 日本のメディアについても疑問に思っています。百年に一度のパンデミック、この世界規模の危機について警笛を鳴らすのは必要な行動なのでしょうが、報道の自由という名のもと、国民の恐怖心をあおる。不安をあおっておきながらその解決策は報じられない。国民は連日のあおり報道に慣れてしまい、危機意識が緩み「コロナ慣れ」してしまった。これはメディアの劣化が問題だと思います。もちろん情報を受け取る側にしっかりと考える力があればよいのですが。日本人のリテラシーはここまで低くなっているのかとショックを受けてしまいました。

山本 : やはり実際に体感しないと難しいかもしれません。中村さんと初めてお会いしたのはニューヨークでしたが、ニューヨークにいるとどんどん日本のプレゼンスが下がっていることを感じます。ウォール・ストリート・ジャーナルには日本の企業のことは ほとんど書かれていません。そうすると誰も日本のことなんて興味を持っていないのだなという現実を突きつけられ、危機感がぐっと増します。

中村 : そうですね。海外ではどんなことがニュースになっているのか、日本がどう見られているのか知ることはとても重要です。これからの時代、 情報収集力は必須スキルといっても良いでしょう。国内外のことを知る努力が必要ですね。

コロナウイルスとデジタルテクノロジー

中村 : デジタル時代における日本の DXについてどうお考えですか。

山本 : コロナの猛威に立ち向かうために各企業は急速な変革を求められました。結果、全世界におけるテクノロジーの進歩をはじめの2ヵ月で2年早めたと言われています。 一方で外注に頼りきりで社内にエンジニアを抱えていなかった企業は一気に2年 の差がついてしまったと言えるでしょう。こうして後れをとった企業が多かったばかりに日本の弱点があらわになってしまいました。 しかし、これは日本にとってはチャンスとも言えます。たとえば、日本のハンコ文化を廃止する動きなど、従来の業務プロセスを見直すきっかけにもなりました。

中村 : コロナがなければ今までの日本の商習慣は永遠と続いていたことでしょう。デジタル化の進みが遅かった日本にとっては今が最後の チャンスかもしれません。なぜ海外ではDX が加速しているのに日本では鈍化してしまうのでしょうか。

山本 : 日本と全く違うのは、海外の企業ではエンジニアの7 割がGoogleなどの事業会社に所属していることです。そういう人たちは創造性を発揮しながら次々に新しいものを生み出し、発展してい きます。これに対してエンジニアの7割がベンダーに所属している日本では、安い給料で昔からあるシステムの保守や仕様書に応じた設計をこなす業務がメインとなってしまうのです。

中村 : それだと請け負った仕事を言 われた通りに作ればよいという意識が根底にあって、どう付加価値をつけていくかという創造性の視点が抜けてしまいますよね。

山本 : はい。リスクを取ることもないし、チャレンジもしなくなってしまい、その結果、なかなかデジタル化は進 まなくなってしまいます。

中村 : A I についても誤解している 人が多いのではないでしょうか。

山本 : おっしゃる通りです。日本では「AI = コンピュータだろう。だった らIT企業に任せればいい」と考えている人が多いです。ですが、IT企業はプログラミングができても、データから知見を引き出すことについては素人です。AI を扱うにはプログラミングと統計の両方を知らないといけません。そしてA I は手段であって目的ではないので、A I を使って何を実 現したいのかを明確にすることが重要です。 今のところ、AI ができるのは一般的なデータ解析に加えて、画像、音声、自然言語、この3つの組み合わせです。このようにAI に何ができて何ができないのかという知識をきちんと持っていれば、何でもかんでもA I に仕事が奪われるというような誤解が生じることはないでしょう。

中村 : データをどんどん入れることでアルゴリズムが修正され、より良いものになっていくということを理解していないと、AI さえあればうまくやってくれるという発想になってしまいますからね。 先日、データサイエンティストをしているという人と話をしましたが、実際には事務処理しかやっておらず、僕から見たらデータサイエンティストではありませんでした。このようなギャップを埋めていくことが課題であると分かりましたが、そのためにはどうしたらいいのでしょうか。

山本 : 今はYouTubeなどでいろいろな大学の授業も聴講可能です。字幕や翻訳のついたものもありますし、自分の予定に合わせて学ぶこともできる。海外の経営幹部はハーバードやスタンフォードなどの一流大学でエグゼクティブプログラムを受けながら 勉強していますが、その中に日本の経営幹部はほとんどいないことに驚きました。

中村 : これほど勉強の機会に恵まれているのに自分で勉強する意欲がな いというのは相当危険な状態ですね。今までの知識だけではもはやビジネスをやっていけない時代になっているにもかかわらず、日本企業の経営層はその意識が弱いように感じます。何歳になっても新しいことを学 び続ける姿勢が必要ですね。

議論を恐れず異質なものを取り入れよう

中村 : 最近ではパワーハラスメントと言われるのを恐れるあまり、「議論」を避ける傾向にあるように思います。いきなり議論しろと言われても難しいので、まずは上の人間が率先して、 議論しやすい雰囲気を作り、お互いの立場を忘れて率直な意見を出し合えるようになるのが理想です。

山本 : 評価が下がるかもしれないとビクビクしながら議論しても、良い議論にはなりませんよね。正解をいきなり出せというのではなく、たくさん出した意見の中から1個でも良いものがあればいいんです。ああでもないこうでもないと何度も繰り返し、初めて「これだ!」となるのです。一見効率が悪そうですが、長期的にはそういうプロセスこそが大事になってきます。

中村 : そうした議論をする文化の構築を放棄して、会社が成長するために買収を繰り返すだけではうまくいかないのは当然ですね。

山本 : 新規事業のためにコーポレート・ベンチャー・キャピタル(CVC) を作ったり、そうしたCVCが出資したところを買収したりするケースは増えていますが、大事なのはその後です。会社自身が変わる、あるいは異質なものを受容できる体制でないとうまくいきません。外部の知見を取り 込み、社内で議論して異質なものを取り入れていく文化が必要です。

中村 : そのためにはどうすべきか、アイデアはありますか。

山本 : 各分野のスペシャリストを取締役レベルに据えることです。取締役を執行役員のような出世の延長線上にしてはいけないでしょう。たとえばデジタル分野で最前線の知識を持つ人は、50 歳以下の方がほとんどかと思いますが、こうした層を取締役に選任している企業は多くありません。

中村 : 確かにそうですね。取締役会でテクノロジーについてきちんと議論している企業はまだ少ないかもしれ ません。

山本 : そしてできればM&Aを増やして、新しい知見を取り込み続けていただければと思います。買収は10回のうち8回くらいは失敗に終わるかもしれませんが、それでいいんです。野球も十割打者なんてありえないですよね。成功のためには、とにかく回数を増やしていくしかないわけです。 まさにチャレンジです。大事なのは、自分たちはどうなりたいのかというビジョンをしっかり描いた上で、「だから御社と一緒にやりたい」という形に落とし込むことだと思います。

中村 : ビジョンを社員と共有し、一人ひとりがその中で自分が何をなすべきかしっかり考える企業でありたいですね。

一歩踏み出せば世界が広がる

中村 : 今後、私たちは何をすべきで しょうか。

山本 : イノベーションの講義をすると「うちの業界で参考になる事例はありますか」とよく聞かれますが、こ れは答えを丸暗記しようとしているんですね。正解に至るまで思考回路を鍛えるのではなく、手っ取り早い正解を求める発想が怖いと感じます。 社会がどんどん変わっていく中で、一番安定するのは、進化論ではない ですけど、変わり続けられることです。これさえやっておけばいいということはありえないので、自分で考えられるか、どうすれば進化していけるかを常に考えることが大切ではないでしょうか。

中村 : そうですね。たとえば、シミックでは今年から新入社員教育のフ ローをガラッと変えました。一般的に新入社員教育は、社会人にするための教育とされますが、社会人になってからが一人前だなんておかしいと思いませんか。むしろ学生の方がクリエイティブな感性を持っているかもしれない。逆に、僕らが学生から学ぶ姿勢を示さなければいけない。社会 人のマナーやエチケットを教えるだけではなく、人間力・生命力を磨くことが大事だと思いませんか。

山本 : それは新しいですね。私たち は社会人である前に人間なので、バイタリティーが不可欠です。成功した人はその能力が高いと感じています。実は私はもともと社交的ではなかったのですが、ニューヨークに行ったことで、自分の世界が飛躍的に広がりました。普通に生きていると「この人 すごいな、面白いな」という刺激的な人にはなかなか出会えませんが、新しい一歩を踏み出したことで、新たな人脈や価値観に触れました。鋭い洞察力を持つ人とのつながりは自分にとって何よりの武器となることでしょう。

中村 : 各分野で活躍するスペシャリストの、より専門的な知識を聞くことで、新たな気づきや視点を得られる機会が増え世界が広がりますよね。そのような情報を僕らがもっと発信していかなければいけないと思っています。日本はまだ間に合います。ただ、残された時間は非常に少ないです。そのことをしっかりと伝えて、若い人たちを巻き込んで日本の現状を変えていきたいですね。本日はありがとうございました。

Profile

山本 康正 Yasumasa Yamamoto

米ベンチャー投資家、京都大学大学院総合生存学館(思修館) 特任准教授

1981年、大阪府生まれ。京都大学で生物学を学び、東京大学で修士号取得。米ニューヨークの金融機関に勤務した後、ハーバード大学大学院で理学修士号を取得。グーグルに入社し、フィンテックや人工知能(AI)などで日本企業のデジタル活用(DX)を推進。自身がベンチャーキャピタリストでありながら、日本企業やコーポレートベンチャーキャピタルへの助言なども行う。ハーバード大学客員研究員、京都大学大学院総合生存学館特任准教授も務める。

中村 和男 Kazuo Nakamura

シミックホールディングス株式会社
代表取締役CEO

1946 年生まれ、山梨県甲府市出身。1969 年京都大学薬学部を卒業、2008 年金沢大学大学院自然科学研究科博士後期課程修了。薬学博士。1969 年三共株式会社(現・第一三共株式会社)に入社し、世界的に有名なブロックバスター薬であるメバロチン(高脂血症、家族性高コレステロール血症治療薬)の開発プロジェクトリーダーを担当した後に独立。1992年に日本初のCRO(医薬品開発支援)のシミックを創業。製薬企業のバリューチェーンを総合的に支援するビジネスモデルを確立。現在では、これまでのビジネスモデルを発展させ、個々人の健康価値向上に貢献する企業を目指している。

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