俳優界の名門 田村家を背負い、未来につないでいく覚悟 -時代劇の『型』を次の世代に伝えるために-
田村 幸士(俳優) × 中村 和男(シミックホールディングスCEO)
ペットは家族という認識が浸透し、平均寿命も伸び続けています。アニコム ホールディングスはこうした時流を捉え、日本にペット保険という市場を切り拓いてきました。しかしその背景には、ペット保険を単なるビジネスと捉えるのではなく、保険という産業そのものへの深い洞察がありました。アニコム ホールディングス株式会社 代表取締役社長を務める小森伸昭さんに、これまでのあゆみや事業への思いについて伺いました。
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中村 : 小森さんは神戸市のお生まれで、東京海上火災保険株式会社(現東京海上日動火災保険) で勤務されたのち、株式会社 ビーエスピー(現アニコム ホールディングス株式会社) を設立し、日本に「ペット保険」という市場をつくり出しました。 まずは生い立ちからお伺いします。どのよう な幼少期を過ごされましたか。
小森 : 幼稚園では友達とよく喧嘩ばかりしていました。負けず嫌いで、どうしても自分の思い通りに物事を進めたくなるようなところがありました。当時から自分の強すぎる自己中心的な性格に嫌気が差していました。今でもそうですけれども、そんな自分の毒気に嫌悪感を抱き、自分自身がやられてしまう感じでしたね。
中村 : わかります。実は、僕も全然社会性のない子どもで、みんなでお遊戯をしたことがなくて、1人でポツンと実験みたいなことにのめりこんでしまう。でもそんな自分がすごく嫌になってしまう瞬間があって落ち込むことがありました。僕も小森さんと似た幼少期だったかもしれません。 その中で京都大学経済学部に進学されたわけですね。大学時代はいかがでしたか。
小森 : 高校までの教育は、カリキュラムがしっかり決まっていたので、基本的には指示通りに進めばよかったんですよね。でも、大 学に入ると、自由すぎて自分自身でダイレクションしていく必要があり、そこに戸惑いました。律してくれる人もいなかったため、有り余る自由の中で、毎日が実験的で自己理解を深めるための試行錯誤となり、大学生活は「自分探し」の連続になってしまいました。
中村 : それはまさに、大学という場所の特性ですね。自由すぎて迷ってしまうこともあれ ば、その自由が自分を成長させるためのチャンスでもある。小森さんが仰るように、大学生活は「自分探し」の連続というのは本当にその通りだと思います。何かを見つけるためには、まず自分がどこにいるのかを知る必要がありますからね。
小森 : 一つ実感したのは、日本の教育システムで文系と理系を明確に区別しているのは、結局は見え方の違いではないかということです。そういったことを考えて、自分探しのやり方を理解できた頃に卒業となりました。
中村 : 大学卒業後に就職された東京海上では、どのような業務をされましたか。
小森 : 当初は営業でしたが、その後、経済企画庁(現内閣府)に出向させてもらいました。サラリーマン時代は、法人の意思決定の仕組みが不透明なことに納得がいかずに上司とよく喧嘩をすることもありました。自分が法人の一部であるにもかかわらず、法人という存在が、 個人とどう関係しているのかがわからず、いつも自分が遊離した存在だと感じていました。
中村 : 僕も会社員時代はいろいろなことに納得がいかず苦労しました。我を通しすぎて駄目になる経験を繰り返していたので、そんな自分を出さないように我慢していた時期もありました。小森さんはどうでしたか。
小森 : あまりそれはなかったですね。少し我慢すればいいのにそれがどうしてもできず、 人とのコミュニケーションの断絶をより深めてしまう自分が嫌になることが多かったです。
中村 : それは僕もすごく悩みました。僕の場合は、自分を一つの振り子のように捉えることで、そうした状況も受け入れられるようになりました。みんなと一緒に行動することが 辛くなったときには、思い切って反対側に振り子を振ってみる。そうすると今度は自分1人 になり、人間関係の煩わしさからは解放されるわけです。しかしそれはそれで別の大変さがあります。それでまた逆側に振ると、これも満足できない。この振り子を動かしていく中で自然と個人としての成長や起業があったように思います。
中村 : 起業しようと思ったきっかけは何でし たか。
小森 : 理由は二つあります。一つ目は、阪神・淡路大震災を経験したこと。死を身近に感じたことで「あのときに死んだと思えば何だってできる」と踏ん切りがつきました。もう一つは、保険の本質に関わりたいと思ったことです。たとえば、お酒を飲みすぎて肝 硬変になっても医療費をカバーできるのが今の保険ですよね。これは、ミクロな視点で見ると安心を提供しますが、極端にいうと、その安心があることによって病気につながるような行為が助長され、マクロな視点では国 民全体によい影響を与えていないという側面に気がついたのです。
中村 : 保険があることで人々は「もしものとき」に対する心配が軽減される一方で、過信や無防備な行動を助長してしまうのですね。
小森 : 世界中で保険が普及している国の方が、極端にいえば自死や自動車事故も多い傾向にあるのです。産業というのは「産む業」と書く通り、他の産業や労働者に利益をもた らし、経済全体を刺激する乗数効果がないといけないわけです。しかし、保険会社の場合その乗数効果がないと考えています。
中村 : そうした観点から見ると、保険業界が経済全体に与える影響や貢献を再考する必要があるのかもしれませんね。
小森 : 保険会社は統計的な裏付けをもって商品を設計しているわけですから、逆にいうと、前もってある程度リスクをわかっているわけです。そうであるならば、そのリスクを可能な限り減らすような予防型保険への転換が必要だと強く感じました。
中村 : 予防型保険の実現を目指して起業されて、どのような事業からスタートしましたか。
小森 : ペット保険をつくるにあたって疾患の統計が必要なので、まずは動物病院のカルテ管理システムを作成しました。当時はまだ動物病院にカルテ管理システムは入っていなかったので。獣医師の弟などの協力も得て改良を重ね、全国の動物病院にシステムを導入してもらい広げていきました。そのデータを元に、獣医療統計を作成しました。
中村 : カルテ管理システムによって動物病院の情報が集まる仕組みづくりを構築したのですね。ただ、システムを作成するというのも相当時間がかかりますよね。何年くらい苦労しましたか。
小森 : 1年程です。その間はカルテ管理システムにかかりきりで収入はゼロでした。とうとう、お金が尽きてしまうというタイミングで、偶然新聞に取り上げていただき、潮目がガラッと変わりました。その日から電話が鳴りやまなくなり、収入の目途が立ち始めました。 まさに新聞に命を救われました。
中村 : 僕も似たような経験があるのでよくわかります。ペット保険というものは海外に はあったのですか?
小森 : はい、ありました。ペット保険の発祥はスウェーデンとされています。保険の概念自体は300年前くらいからあるので、そういう意味でペット保険は種目追加という形で発展していきました。
中村 : 保険業の免許を取得するのは並大抵のことではないと思います。どのように乗り越えましたか。
小森 : 共済という形で事業を開始して、保険業の免許を取得するまでに10年近くかかりました。保険会社で一番重要なのは、倒産してはいけないということです。あらゆるリスクを想定して、その対策を論理的に全て証明しなければならず、認可申請書は段ボー ル40箱を超える分量になりました。経済企画庁への出向経験がなければ無理だったと思います。
小森 : 保険業の認可取得後は、ペット保険という業種が成り立つということが社会に知れ渡り、多くの企業が参入しました。その結果、競争が激化し、外資系を含む多くの保険 会社がペット保険を取り扱うようになりまし た。生命保険と損害保険で通常は別々の商品を扱うのですが、ペット保険だけは両方の業界から参入されています。これは他の保険分野ではあまり見られない特徴です。
中村 : その中で、アニコムがペット保険市場で圧倒的なシェアを維持し、No.1の地位を確立できているのはなぜでしょうか。
小森 : 綿密なリスク計算と予防に対するプレッシャーがカギです。 保険事業では、健康な人はやめていって、病気がちな人が残っていくことで保険会社自身にリスクが濃縮されやすいという特徴が あります。人間の保険であれば、リスク濃縮 に長い年月(30~40年)かかりますけれど、 ペットはそもそも寿命が短いのでリスクが濃縮するまでの時間も短く、5年もあれば十分です。つまり、ペットの保険ではリスクの集中が早く現れます。実際、アニコム以外の日本のペット保険会社の多くで、毎年収益率が悪化しています。
中村 : アニコムが予防に力を入れているという話を伺って、非常に興味深く感じています。
小森 : 私は、保険会社の使命は健康を守ることだと考えています。健康を維持するために何が重要かと考えると、免疫の維持が不可欠です。しかし、今の医療は症状として現 れている病気は診断できますが、そもそもなぜその病気になったのかという部分は見えていないと考えています。私たちは免疫の見える化を通じて、免疫の維持向上を促す仕組みづくりに取り組んでいます。
小森 : 私は、保険会社の使命は健康を守ることだと考えています。健康を維持するために何が重要かと考えると、免疫の維持が不可欠です。しかし、今の医療は症状として現れている病気は診断できますが、そもそもなぜその病気になったのかという部分は見えていないと考えています。私たちは免疫の見える化を通じて、免疫の維持向上を促す仕組みづくりに取り組んでいます。
中村 : 保険事業の中で「健康を守る」という視点を重視するのは、新しいアプローチだと思います。発想としては非常に共感できるのですが、採算性はいかがでしょうか。
小森 : 免疫を数値化し、改善する手法を確立できれば、世界中の医療に大きなインパクトを与えます。そうすると、自ずと収益は上がってくるはずです。 胃がんの原因の一つとしてピロリ菌が特定されたように、各疾患と有意差のある免疫スコアを数値化できれば、予防につながります。 そうすると、入ることで病気を予防できる保険を実現できると考えています。実際、アニコム損害保険株式会社のペット保険『どうぶつ健保』は、「入って健康になるペット保険」として2024年度グッドデザイン賞を受賞しました。
中村 : シミックホールディングスは2023年にアニマルヘルスケア領域に特化した animo株式会社を設立し、現在は神経疾患や行動疾患のKOL※1とともに、専門獣医と飼い主を繋ぐ診療・研究支援アプリを展開しています。しかし、アプリの制作自体は事業 の本質ではありません。ペット医療から得られた知見を人間のヘルスケアにも活かす、トランスレーショナルリサーチの体制を整えることが大きな目標です。そういった視点で進められている事業などはありますか。
小森 : 明確に意識しているわけではありません。ただ、私たちが今力を入れている手術支援ロボットの普及は、人間のヘルスケアにも変革をもたらすものではないでしょうか。 私たちは東京医科歯科大学(現東京科学大 学)発のベンチャー企業が開発した「Saroa」という手術支援ロボットの共同研究開発に関する独占契約を結んでおり、この「Saroa」は、力覚フィードバックがあるという大きな強みを持っています。非常に使いやすいと獣医師から評判で、私としては次なる「da Vinci」※2になるのではと期待しています。 こうした手術支援ロボットと情報技術を組み合わせれば、ペットだけでなく人間も、場所を問わず手術が可能になるかもしれません。
中村 : 今日お話をお伺いしていて、入って健康になる保険などの高い理想を、うまく現実 に落とし込むデザイン力の高さに改めて感銘を受けました。そうした能力は経営者というよりもアーティストに近いものを感じます。 また、本来ペットというものはどうあるべき か考え、なるべく本当の意味で長生きさせて、 人間といい関係を築きたいという思いも感じました。 最後に、小森さんのIKIGA( 生きがい)は何か教えてください。
小森 : 私のIKIGAI は「掘ること」です。生命とは何か、免疫とは何か、病気とは何か、お金とは何か……こうした根源的な問いを深く掘り続けることが、私の生きがいです。子どもの頃から、自分の毒気に悩まされることがありましたが、その中で救いとなったのは、ものごとの本質を探求することでした。日々 の小さな出来事にも、価値がどこにあるのかを掘り下げることで、新たな発見や学びが生まれ、それが自分の生きがいをより強く感じさせてくれるのだと思います。
中村 : 小森さんの興味を持ったことに対して徹底的に探求する姿勢には本当に刺激を受けました。僕たちが日々行う「掘る」作業が、 最終的には社会全体によい影響を与え、自己成長にもつながるのだと強く感じました。 本日はありがとうございました。
PROFILE
小森 伸昭 Nobuaki Komori
1969年兵庫県生まれ。京都大学卒。92年東京海上火災保険株式会社(現東京海上日動火災保険)入社。96年経済企画庁出向。2000年株式会社ビーエスピー(現アニコム ホールディングス株式会社)を設立し、代表取締役社長に就任。2007年に損害保険業免許を取得し、日本に「ペット保険」という市場を作り出す。
中村 和男 Kazuo Nakamura
シミックホールディングス株式会社
代表取締役CEO
1946 年生まれ、山梨県甲府市出身。1969 年京都大学薬学部を卒業、2008 年金沢大学大学院自然科学研究科博士後期課程修了。薬学博士。1969 年三共株式会社(現・第一三共株式会社)に入社し、世界的に有名なブロックバスター薬であるメバロチン(高脂血症、家族性高コレステロール血症治療薬)の開発プロジェクトリーダーを担当した後に独立。1992年に日本初のCRO(医薬品開発支援)のシミックを創業。製薬企業のバリューチェーンを総合的に支援するビジネスモデルを確立。現在では、これまでのビジネスモデルを発展させ、個々人の健康価値向上に貢献する企業を目指している。