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# Vol.29

時流に合わせ、絶えず変化し続けてきた能 – 変えるべきもの、変えてはいけないもの

能楽師シテ方金剛流  宇髙 竜成

#コラム   #伝統文化・伝統工芸   #Change  

シミックグループの企業カルチャー「W&3C」の4つのワードからテーマをひとつ選んでいただき、そのテーマについてお話しいただくコーナーです。今回は、京都に本拠を置く唯一のシテ方流派である金剛流の次代を担う能楽師・宇髙竜成さんに、「Change」についてお話しいただきました。

能楽界を代表する家に生まれて

能は700年以上にわたって伝承されてきた芸能で、主役を演じるシテ方には5つの流派があります。金剛流はそのひとつで、京都に本拠を置く唯一の流派です。私は二十六世金剛流宗家・金剛永謹、及び父である宇髙通成に師事し、子方時代を経てプロの能楽師になりました。初舞台は3歳。その記憶はほとんどありませんが、母親が客席にいることに気づき、笑顔を見せていたそうです。ただ、しばらくすると飽きてしまい、扇で遊び始め、最終的には舞台上で寝てしまうこともあったそうです。子方時代、私は最初から厳しい修行を受けたわけではありません。当初はその世界が自分にとってどういうものか、全然理解していませんでした。舞台や稽古に追われ、友達と過ごす時間を持てなかったことに、当時は特別な家に生まれたことに対する不満を感じつつも、舞台が終わると、おもちゃを買ってもらったり、図書券をもらったりして、なんだかんだで楽しみを感じていた部分もありました(笑)。

距離を置いてみて初めて気づいた 能の深い魅力

声変わりを機に子方を卒業した後は、いよいよ本格的な修行が始まりました。しかし、裏方の仕事や厳しい稽古の毎日に「なぜ自分の人生なのに最初から道が決められているんだ」と反発して、高校時代はバスケに、大学時代はバンド活動に熱中しました。

バンドで音楽活動をして能から距離を置いたことで、能を客観視できるようになり、そのすごさ、深さに初めて気づきました。能は一見地味で単純に映るかも知れませんが、実は非常に複雑で、ある意味ロックな部分もあります。ライブハウスで出会う偉大なバンドの人たちよりも、能の世界には実はもっとすごい人たちが身近にいることにも気づきました。「能ってめちゃくちゃ面白いやん」と気づき、すっかり能の魅力に取り憑かれ、大学卒業後は迷わず能楽師の道を選びました。

変わり続けることの重要性

能では70代、80代の大先輩たちが、私よりも大きい声で、心を打つ謡を謡われます。そうした大先輩の薫陶を受けられる時間はもう限られているので、焦りを覚えることもあります。受け取ったものを自分なりに翻訳し、自分の中に源泉を育てていかねばと強く感じています。

たとえば、86歳の大先輩が謡う姿に圧倒され、横で何度も謡わせていただくのですが、やはりその先輩の謡には独自の深みがあり、それを自分の中にしっかり宿すためには、まだまだ時間が足りないと感じます。やりたいことをすべて自分のものにできるのかという不安もあります。

変容する社会の中で能が700年もの長きにわたり存続してきたのは、時代に合わせて変遷してきたからだと思います。以前、とある人間国宝の先生がおっしゃった「上手になるのではなく、変わり続けろ」という言葉が、強く印象に残っています。上手とされている表現もやがて古くなるので、時代に合わせて考え続ける必要があります。その中で、本当に伝えたいコアの部分をよりよく伝える形を模索していくことが重要だと考えています。これは、仏教の諸行無常にも通じる考えではないでしょうか。

微細な変化が織りなす能の奥深さ

能面の表情は驚くほど豊かで、わずかな首の角度や光の当たり具合で、まったく異なる顔を見せます。明るく優しげに見えたり、逆に寂しげに感じられたり。こうした微妙な変化こそが能の本質的な魅力であり、観る人に新たな発見を与えてくれます。能を観るときには、難しく考えずに、むしろその繊細な美しさを感覚的に楽しんでもらいたいと思います。

また、能の謡い方は、一見同じように聞こえるかもしれませんが、実は季節によって少しずつ変えています。毎年同じ季節が巡りますが、全く同じ場所に戻るのではなく、ほんの少しずつ違う場所に移り変わる。これこそが能の深さであり、時代とともに、能楽師たちが自然に変化を重ねてきた証であり、その微妙な変化の中に、能の本質がしっかりと息づいているのです。

変容する社会、 能を次世代につないでいくために

私は能を次世代に伝えるため、時代に合わせた形で広めていこうと考えています。最近ではYouTubeを使って能の魅力を発信しています。例えば、能面の表情の変化を捉えたインパクトのあるショート動画は、何万回も再生されました。

しかし、視聴者のほとんどが「いいね」を押して終わり、その後忘れてしまうのが現状です。やはり究極的には、いい舞台を観ていただきたいです。そうすれば、その迫力や美しさが心に残り、「もう一回、あれが観たい」と感じてもらえるはずです。そのためには、芸の道を極めるだけではなく、うまくプロデュースできる体制を作っていくなど、能楽の世界も時代に合わせた変容が求められているのではないでしょうか。

PROFILE

宇髙 竜成 Tatsushige Udaka

能楽師シテ方金剛流

1981年生まれ。二十六世金剛流宗家・金剛永謹、及び父・宇高通成に師事。初舞台は3歳。子方時代を経て、プロの能楽師となる。舞台活動の傍ら、初心者にもわかりやすく楽しめる「能楽ワークショップ」を企画し、フランス、韓国、アメリカなど海外でもワークショップを行う。


■ 竜成の会 YouTubeチャンネル
https://www.youtube.com/c/tatsushigenokai

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