Dr.Mochizuki’ s Column コラム vol.29
日本最初のMRさん(旧称:プロパーさん)
望月 吉彦(医療法人社団エミリオ森口 理事長/芝浦スリーワンクリニック 院長)
コロナ禍が続いています。 感染症との戦いは今後も永遠に続くことでしょう1、2)。 今も昔も感染症対策が難しいのは、 簡単に「バイキン(細菌、真菌、ウイルス、寄生虫 etc.)」を 見ることができないからです。 それでは、バイキンの存在がわかったのは いつごろかご存じでしょうか?
Index
オランダの織物業者レーウェンフック(Antonie van Leeuwenhoek:1632–1723年)が顕微鏡で「細菌」を見つけたのがその始まりと言われています。1680年ごろの話です。レーウェンフック自身の歯垢をスケッチした絵には「細菌」が描かれています(図1)。もっとも、彼はそれを細菌とは認識していませんでした。
レーウェンフックには歯磨きの習慣があり、かなり入念に歯をきれいにしていたにもかかわらず自分の歯垢の中に多くの「小さな生き物」を見つけたため、びっくりしてそれを描いたのです。
レーウェンフックは、当時としては、驚異的倍率の顕微鏡(200~500倍?:正確には不明)を自作、趣味としていろいろなモノを見ています。細菌はもとより、精子、赤血球、原生動物、植物細胞などを自作顕微鏡で観察し、描き残しています。この顕微鏡は単式顕微鏡と呼ばれるものです。小さな球形の透明レンズがあれば誰でも簡単に作ることができます。レーウェンフック式顕微鏡作成キットも販売されているくらいです3)。レーウェンフックが生きていた時代に「完全球形レンズ」を作るのは至難の業でしたので、彼以外にこのような高倍率の顕微鏡を作ることはできませんでした。
コルクの小胞を「cell」と名付けたのはフックですが、生きた「細胞」を世界で初めて観察し記述したのはレーウェンフックです。だから彼は「細胞生物学の父」とか「微生物学の父」とも呼ばれています。彼は生物学の教育を受けた科学者ではなく、織物業者です。顕微鏡による観察は彼の「趣味」です。当時「細胞」や「細菌」という概念はありません。自分でレンズを磨き、顕微鏡を作り、いろいろなモノを見ては観察し、記録するのが「趣味」だったのです。素晴らしい趣味です。
レーウェンフックと同じオランダのデルフトに住む医師ライネル・デ・グラーフ(Reinier de Graaf:1641–1673年)がロンドン王立協会に「オランダに高性能顕微鏡を作っている人物がいる」ことを知らせ、以後、レーウェンフックは同協会に50年間にわたり自分の観察記録をオランダ語で書いて送りました。同協会は、それを翻訳して機関誌に載せたのです。そのおかげで彼の業績は後世に残ることとなりました。
ちなみに彼自身は絵が下手で画家に図を依頼しています。その画家がフェルメールだったという説もあります。フェルメールの遺産管理人に指定されたのがレーウェンフックだったことやフェルメールの死後に図の描き方が明らかに変化したため、そのように推測されているのです4)。
レーウェンフックは生涯で200とも300とも言われる顕微鏡を作りましたが、欧州各国に現存するものは9個のみです。それらはすべて国宝のような扱いをされています。そのうちの一つが2018年に国立科学博物館で開催された特別展「人体―神秘への挑戦―」で展示されました。この顕微鏡のレプリカが私のクリニックの待合室に飾ってあります。顕微鏡として機能します。
レーウェンフックの顕微鏡やレーウェンフックの残した原図はオランダのライデンにあるブールハーフェ博物館(Museum Boerhaave)で見ることができます(写真1)。レーウェンフックの死後、パスツール、コッホの発見があり、北里柴三郎、志賀潔、秦佐八郎など日本人研究者の多大な貢献もあって「細菌学」が発展しました。
「ウイルス」の大きさは細菌のおよそ1/100であり、ウイルスの観察には電子顕微鏡が必要です。ウイルスが顕微鏡で観察できるようになったのは、1950年代のことです。
【参考文献】
1) J.トールワルド 著(1995)『外科の夜明け―防腐法 絶対死からの解放』小学館
2)トールヴァルト 著(2007)『外科医の世紀 近代医学のあけぼの』へるす出版
3)キヤノンサイエンスラボ・キッズ「ペットボトル顕微鏡を作ってみよう」(2022/2/15最終閲覧)
キヤノン社のHPに、レーウェンフック式の顕微鏡の作り方が紹介されています。一度、作ってみてはどうでしょう? ペットボトルのキャップと透明ビーズ玉(DIYショップで売っています)があれば簡単に作れます。
4)福岡伸一 著(2011)『フェルメール 光の王国』木楽舎
レーウェンフックとフェルメールとの関係を論じています。
5)天児和暢『レーウェンフックの微生物観察記録』日本細菌学雑誌, vol. 69, no. 2, pp.315-330, 2014
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